妄想大人絵本かきます

最近、自分の中で妄想が足りてないことに気づきました。

妄想が足りないと自分らしさを失います。
一分間で読めるショートショートな妄想大人絵本を書いてみました。
お楽しみください。




『芸人』

浅草の数ある屋台の中で、一軒だけ、その店の煮込みを食べると、笑いの神様になれると、昨日死んだ婆ちゃんが枕元に立っていうんだ。。



その煮込みはとてもマズいから一発でこれだとわかるらしい。



僕は三十五歳の売れないピン芸人でちょっと前までテレビの雛壇にも呼ばれていたけど、最近は不景気で雛壇そのものがなくなりとんとおよびがない。


まっつまりそのレベルの芸人なわけだ。


婆ちゃんがいう煮込みを探す暇もあるわけ。


というより笑いの神様が降りるなら本当に探したいのだ。


うだるような夏の午後に僕は我がボロアパートのある高円寺から浅草を目指した。


長く左右につづく屋台。どこもうまそうで、まずそうな店を捜すのが難しい。

とにかく人が入っていない店に入る。


「煮込みまずいですか?」と聞くわけにもいかないので、煮込みを頼む。煮込みだけでは悪いのでビールも頼む。


昼間からなんて堕落的な生活。。。。


堕落的なのに拍車をかけるのは
運ばれてくる煮込みが残念ながらうまいのだ。
となるとビールの手も止まらない。

酔いが回る。

僕は何のためにここにきたのか?

もう目的も忘れかけている。


二軒目、三軒目、マズい煮込みがない。

うますぎるのだ。


酩酊しながら歩いていると店と店の間に共同トイレに向かう路地があって、その途中になんとも古めかしい店を発見した。

まだ昼間だというのに暗い路地にかかる赤提灯に『煮込み』の文字。

ふらふらと光に誘われる蛾のように店に入る。


時間が止まったとはこの感覚か。

テーブルが2つだけで客のいない店内。

黄ばんだお品書きに、もう孫もいる当時のアイドルのビールのポスター。


ぱっと壁にある色紙に目がいくと

『この世に粗悪品などありゃしない。ただちょっと壊れやすいだけじゃ』

と書いてある。


トントンと胸を叩かれ、下をみるとずいぶんちっちゃいメガネの下町のオバハン。

店の人っぽい。


『あら、あんたいいおとこね』というなり唇を重ねてきた。


唖然としているのにオバハンは構わず注文をとる。


煮込みとビールを頼むとオバハンは『うちの煮込みはうまいから覚悟しておきなさい』といった。

続けて『あまりにうまいからわたしのキッスですこしマズくしてんのよ』といって豪快に笑った。

確かに
その煮込みは他のどの煮込みよりも美味しかった。


苦労して店を探して歩いてきたことになのか、今までの不遇の人生になのか、あまりの煮込みのうまさになのか涙が止まらない。


『この煮込みにはいままでも多くの夢追い人の涙が入ってきたの。だから深みのある美味しさなの。』
そういってオバハンがいつのまにか僕の目尻をペロリ。

『みーんなこれ食べて、オバハンにキッスされて大きくなったの、ほれ立ちなさい』
もうろうとすると『また壊れたらおいでなさい』

とオバハンはいって僕を店から追い出した。


最後に見えた『この世に粗悪品などありゃしない。ただちょっと壊れやすいだけじゃ。』の色紙の横に『店主』と書いてあった。



放り出された先は見慣れた高円寺の駅前。

会社帰りの人たちが家路を急いでいる。



何を思ったのか



酔いに任せて、僕は路上で自分のネタをやり始めていた。


ただ通り過ぎる人に向けて懸命に訴えていた。


誰かのためというより、自分の中のなにかがかわりはじめるのを感じたくって。


カラダと口が自然に動いていた。




気がつくと立ちどまっている人がいて、ぼくは笑いながら泣いていることに気づいた。



やぁ僕の天職。
離さないよ。




死んだはずの婆ちゃんが最前列で笑っていた。


◆TeddyTaclyBill'S HP
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